ふと思いついたことなので、自分メモ投稿です。
「わたし」という意識と「からだ」が一体化していないことに気づくことが、「わたし」という意識に気づき、また「わたし」がいないということに気づくことにつながるのかも。
ただし、ずっと「からだ」との分離を感じ続けていると、鬱になったり虚無感を感じやすい。
本来「体験」をしたくて自ら「からだ」の中に入ったはずなのに、「からだ」を感じず「わたし」の意識のみにフォーカスすることは、つまり望んだはずの「体験」を放棄することにもなるので、「からだ」と「わたし」が分離し鬱や虚無感を感じたり、最悪統合失調症等の精神疾患になりやすいのかもしれない。
それを防ぐためにも、「わたし」と「からだ」が一体化していないことに気づきつつも、「わたし」と「からだ」のつながりを意識する。
「わたし」と「からだ」はコードのようなものでつながれていて、死ぬ時に「わたし」という意識は自らこのコードを切って「からだ」から離れ大いなる意識に戻っていくのかも。
「わたしがいない」「全部全自動」「全部おまかせ」「願望実現」「引き寄せ」などなど、いろいろな考え方や方法がある中で、究極、どれだけ自分の中に思考やエゴを残す(許す)かの自由意志が与えられているので好きなようにすればいい。